司馬さん一日一語☞『陶芸』


陶芸は
人が創るのではなく、
火が作る。

独断をいうようだが、陶芸家というものは、自己主張が働くかぎり、いい作品はつくれない。
その点、絵画や彫刻などの純粋芸術とは異っている。
焼ものに関するかぎり、時代の古い作品ほどいいといわれるのは、このことに連なっている。
中国の古陶磁は多く無名の職人によって作られた。
彼等は、一貫作業のほんの一部を荷なう。
毛ほども作家意識のない宮廷奴れいにすぎなかった。
彼等の作品が、今日の堂々たる作家たちの作品を、虫のように圧殺している。

陶芸は人が創るのではなく、火が作る。
火の前に己を否定して随喜してゆく精神のみが、すぐれた陶芸品を作るのだ。
もともと陶芸は、人が自己否定することによってのみなりたちうる芸術である。
火が陶磁を作る。
人はただ随喜して火の世話をするにすぎない。

人の我意が働けば働くだけ焼きあがった作品は小さく、火が縦横にふるまえばふるまうだけ、できあがった作品は自然のごとくおおきい。
そこに花を挿そうが竹を置こうが、当然の機能のように調和するのである。

☞出典:『司馬遼太郎が考えたこと』1 (新潮文庫)

 

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