司馬さん一日一語☞『流』(る)


「流」というのは
律令の刑罰の一つで
死罪に次ぐ
重刑である。

「流」(る)というのは、律令の刑罰の一つで、奈良朝以来、明治初年まで用いられた。
死罪に次ぐ重刑である。
ただし流してしまえばその地では自由に暮らせたらしい。
江戸幕府では、流という言葉はあまり使わず、公用語は遠島であった。

ただし佐渡という島は十分食ってゆけるために、流罪人にとっては、八丈島、三宅島、御蔵島などに送られるよりは、楽であった。
このため佐渡をもって遠島の地とするというのは、江戸期でも早い時期(元禄十三年・1700)に廃止された。
この時期までの間、佐渡に送られた流人は、二百人ちょっとである。
身分・職業は雑多だが、かれらが都市文化を佐渡に持ちこんだという説さえあるくらいに、ふつう佐渡での暮らしは、わるくなかった。
佐渡金山で奴隷労働させられたというのは、この種の流人たちではない。
無宿人たちである。

※「無宿」というのは(人別帳面から抜かれた)戸籍のない人間のことである。江戸期の刑は、連帯性である。農村などで息子が犯罪をおかしかねない不良少年だったりすると、親兄弟が相談して人別帳から抜いてしまう。

☞『街道をゆく』10
羽州街道・佐渡のみち(朝日文庫)

 

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