司馬さん一日一語☞『牧谿』(もっけい)


牧谿は、
南宋末の禅僧である。

水墨画をよくし、とくに浙江省の地(じ)の絵画ともいうべき撥墨画を描いた。
線を用いず、墨の濃淡という色面だけで描くという方法である。
この点にかぎっては、西洋の画法と似ている。
伝統無視の画法だった。
当然ながら、唐以来の正統派の絵画からみれば「古法無し」ということで軽んぜられ、牧谿その人の名も中国絵画史には登場しない。
が、日本の室町期にはもっとも珍重された。
ついに室町の大名にして牧谿を持たない者は大名でないと言われるほどに流行し、このため、私貿易船も官貿易船も、浙江省寧波(明州)の港につくと、あらそって牧谿の作品をもとめた。
作品にかぎりがあるために、寧波ではさかんに偽作がおこなわれたらしい。
室町というのは、一種の教養時代であった。
倭寇でさえ買いもとめる品物の筆頭は、書画だった。
書画ならば帰国して、右から左に売れたのである。

☞出典:『以下、無用のことながら』(文藝春秋)

 

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