司馬さん一日一語☞『いじめる』


いじめる、という
隠微な排他感覚から
出たことばは、
日本独自の秩序文化に
根ざしたことば
というべきで、

たとえば日本語が古い時代に多量に借用した漢語にもなく、
現代中国語にもなさそうである。
英語やフランス語にもないのではないか。

江戸社会には新入りをいじめるという文化というのがあり、
他の国からみれば
特異ともいえる精神病理学的な現象かもしれない。

『康熙字典』の漢字四万二千余のなかにも、
日本語のいじめるという語感の漢字が見あたらない。

旗本、藩士などの階級でも、
家督をついだ若者がその役目につくと、古い同役がさまざまの型を用いていじめる。

このことは村々の若衆宿でもかわらず、江戸伝馬町の牢でも
かわらなかった。

いじめることは最初は古参者の娯楽だったかと思えるが、次第に秩序意識や秩序の論理が加わり、いじめたり焼きを入れたりすることは秩序を守るための正義だと信じられるようになった。

☞出典:︎『菜の花の沖』
(文藝春秋)

 

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