司馬さん一日一語☞『謙虚』


謙虚というのはいい。
内に自己を知り、
自己の中のなにがしか
のよさに
拠りどころをもちつつ、
他者のよさや立場を
大きく認めるという
精神の一表現である。

自国の歴史をみるとき、狡猾という要素を見るほどいやなものはない。江戸期か明治末年までの日本の外交的な体質は、いい表現でいえば、謙虚だった。
べつの言い方をすれば、相手の強大さや美質に対して、可憐なほどにおびえやすい面もあった。

謙虚というのはいい。
内に自己を知り、自己の中のなにがしかのよさに拠りどころをもちつつ、他者のよさや立場を大きく認めるという精神の一表現である。明治期の筋のいいオトナたちのほとんどは、国家を考える上でもそういう気分をもっていた。
このことは、おおざっぱにいえば江戸期からひきつがれた武士気分と無縁ではなかった。
しかし、おびえというのはよくない。
内に恃むものとしてみずからのよさ(文化といってもいい)を自覚せず自他の関係を力の強弱のみで測ろうとする感覚といっていい。強弱の条件がかわれば倨傲になってしまう。

日露戦争のあと、他国に対する日本人の感覚に変質がみとめられるようになった。
在来保有していたおびえが倨傲にかわった。謙虚も影をひそめた。

 

☞出典:『ロシアについて—北方の原形』(文藝春秋)

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