司馬さん一日一語☞『あざらし』


あざらし。
漢字をあてると、
海豹あるいは水豹。
北海道の氷雪の海に
棲んでいて、
日本の近海にはいない。

でありながら、平安時代の上級武士が武装に綺羅をこらすとき、この海獣の毛皮は欠かせないものだった。
太刀の尻鞘につかわれた。太刀の鞘にこの毛皮をかぶせて佩くと、鞘の塗りの保護にもなるし、ぴんとシッポがうしろであがって、威厳の装飾になったらしい。
アザラシの毛皮は、12,3世紀の甲冑の胴(腹巻)にもつかわれ、鞍などにもつかわれた。
これほど多用されていたのに、
この毛皮がどこからきたかについては、記録がない。

『和名抄』(『倭名類聚鈔』)は、偉大である。
古代の漢和辞典で、西暦938年、平安中期に成立した。
そこには「水豹」とあり、訓(よ)みは「阿左良之」(あさらし)とあって、10世紀にはこの海獣の毛皮が日本社会でよく知られていたことがわかる。
奥州平泉の藤原氏二代目の基衡は、仏師運慶に造仏をたのむにあたって、ばく大な謝礼を贈った。
黄金百両、それに鷲羽、安達絹、駿馬、白布、信夫毛地摺などのほかに「七間間中径(しちけんまなかわたり)の水豹皮六十余枚」というのが入っていた。
奥州藤原氏は、さかんに“異域間交易”をし、本州に対し、
矢羽にする鷲の羽やアザラシの毛皮などを売ったという。

☞出典:『街道をゆく』38
オホーツク街道(朝日文庫)

 

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