司馬さん一日一語☞『犬』


犬が、
多少とも物を思う
ようになると、
日本人を訝しむ
かもしれない。

今でこそ犬も非常な地位を得ているが、
明治以前は、犬畜生などといって下等なものとされていた。
古来、犬という文字がつく単語にろくな言葉がない。
植物などでも似て非なるものに犬をつける。
犬ザクラ、犬梨、犬酸漿、犬槙、犬麦、犬黄楊、犬山椒、犬樟、
犬辛子、犬杉葉、といったたぐいである。

戦国のころ、武士の恥ずべき働きとされたものに、
「犬槍」というのがあった。

槍を投げて、つまり槍投げをして敵を突き殺すことである。
それだけでなく、敵が騎馬で柵をとびこえるときに槍にかけたりする行為をも犬槍と言い、功名には数えられなかった。
こうみてくると、どうも犬はこの国の人々から卑しむべき存在として遇されてきたような気がする。
犬侍というではないか。

おそらく、犬というものが掌をかえすように優遇されだしたのは、
明治開化後であろう。

横浜にきた西洋人たちから教えられ、犬を愛することが山ノ手風俗の一つとして迎えられ、戦時中は不幸にしてその犬をも食ってしまう暴状をあえてしたが、戦後、米軍に教えられて大いに心を入れかえ、ふたたび犬を優遇することが文明もしくは文明的生活だとおもうようになった。
犬もまた、維新革命と戦後の急変で、二度解放されたことになる。

☞︎︎「絢爛たる犬」から

 

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