司馬さん一日一語☞『右翼・左翼』


「右翼」といっても、
もとからそうした
思想があったという
わけではありません。

大正末年に「左翼」は生まれ、
その反作用として「右翼」が生まれたのです。
「左翼」とは、
もともと十八世紀末のフランス国民議会の席が、
議長席からみて左にジャコバン党がすわっていたからということですが、
日本語としての左翼、右翼は、
明治時代にはありません。
左翼思想というのは、
いわば擬似的普遍性をもった信仰であって、
国家や民族を超えてこの擬似的普遍性に奉仕せよということでしょう。
日本の左翼はその成立の瞬間から
日本史をとらえる点でリアリズムを失っていました。
そうすると、左翼の反作用として出てきた右翼も同時にリアリズムを失っていました。
ともかくも右翼にしても左翼にしても、
かんじんの自国認識という点ではネジ切りが粗くて、
フタと現実があわないものでした。
昭和初年の左翼のことを“水戸学派(朱子学)的”という人がありますが、
朱子学もイデオロギーで、
戦前の日本史教科もまた、濃厚に朱子学的でした。
昭和初年の右翼思想も、当然ながら、朱子学そのものです。
日本にあっては左右同根と言いたくなる印象があります。
昭和はこの双方幻覚のような二つのイデオロギー抗争で開幕しました。

 

☞出典:︎『この国のかたち』四(文藝春秋)

 

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