司馬さん一日一語☞『芭蕉』(ばしょう)


芭蕉は、
木というより
大型の草という
べきだろう。

“日本バナナ
(Japanese banana)”
などともいわれるらしいが、バナナの実は生らない。

暖地の植物である。
俳人の芭蕉が、伊賀から江戸に出てきたのは、寛文十二(1672)年のことである。
八年後、居を深川にさだめた。
その転居の年か、その翌年かに、門人が芭蕉の株をもってきて、深川の居宅に植えたというのである。
当時、深川は低湿地だったから、芭蕉が育つのに適していた。
さかんに葉を出して大きくなった。

庭もろくにない小さな家に大きな芭蕉の葉がそよいでいるのはめだったにちがいなく、土地の人がこの家を、「芭蕉の家」などとよんだらしく、要するにこの植物が目じるしになり、門人たちまでも「芭蕉の庵」などとよぶようになった。
このため、当主までが、自分を芭蕉と称するようになった。
ときにはながながと芭蕉庵桃青と署名したりした。
俳号として一風変った芭蕉という名は、要するにその居宅のあだなだったのである。

☞︎出典:『街道をゆく』29
秋田県散歩、飛騨紀行(朝日文庫)

 

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