司馬さん一日一語☞『させて頂きます』


日本語には、
させて頂きます、
という
ふしぎな語法がある。

この語法は、浄土真宗の教義上から出たもので、他宗には、思想としても、言いまわしとしても無い。
真宗においては、すべて阿弥陀如来ー他力ーによって生かしていただいている。
三度の食事も、阿弥陀如来のお蔭でおいしくいただき、家族もろとも息災に過ごさせていただき、
—-この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。

それによって「お蔭」が成立し、「お蔭」という観念があればこそ、「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。
相手の銭で乗ったわけではない。
自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに、「頂きました」などというのは、他力への信仰が存在するためである。
もっともいまは語法だけになっている。
かっての近江商人のおもしろさは、かれらが同時に近江門徒であったことである。
京・大坂や江戸に出て商いをする場合も、得意先の玄関先でつい門徒語法が出た。
「かしこまりました。それではあすの三時に届けさせて頂きます」というふうに。
この語法は、とくに昭和になってから東京に浸透したように思える。

☞出典:『街道をゆく』24
近江散歩(朝日新聞社)

 

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