司馬さん一日一語☞『江戸府の文化』


江戸府の文化には
名状しがたい
魅力がある。


どうも、キザという精神は

日本の地方文化のなかで江戸文化にしかない。
要するにキザはキザとして調子をあわせ、その場の会話を無意味に
楽しんでゆくのが大事なところで、
それをからかったりする態度
を一種の江戸っ子からみれば、
これは田舎ものなのである。
江戸府そのものの文化とは何ぞやということになると、
じつにむずかしい。
吉原の色里とチョキ舟に乗って三味線を鳴らしている羽織芸者と
下町のひとびとの生活上の美しい節度と、そして鳶の頭に概念化
されている美的精神のみであろうか、
しかしこれは即断である。
江戸府の文化には名状しがたい魅力がある。
「ああいう土地では、松杉を植える気にはなれませんよ」
というセリフ。
ここで使われた「松杉を植える」という下町ことばが好きで、
その部分だけおぼえている。
庭木を植えて定住するという意味なのだが、下町ことばにそういう
フレーズがあったのであろう。

他の土地にゆけば、いやけがさすだけの節度美の基準が江戸の
下町にはあるというわけで。

江戸の生活文化は他の生活文化圏に対して拒絶性が強い
というのは、
江戸の伝統的文化というものがよほどの魅力を秘めた
ものである
ことは想像できる。
その機微は感受性でうけとる以外にないであろう。

☞出典:『街道をゆく』1
甲州街道、長州路ほか(朝日文庫)

 

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