司馬さん一日一語☞『アリノミ』


平安朝のひとびとが
よほど梨を好み
これを愛していた
証拠に
名前まで変えて
「アリノミ」と
よんだほどだった。

無シということばを忌んで、アリノミとしたのである。
日本における梨は、
本来、小さな実だった。

蒔絵に金粉を蒔いたときの色あいや地肌が、梨の外観に似ているために「梨地」とよばれたが、
濃い黄土色をしていて、なかみはやや酸っぱかった。
ナシの語源として
ナは中(なか)、シは酸っぱい、という、
頓智ばなしのような説があるほどである。

それでも、奈良・平安朝のころは、桃とならんで果物の横綱だった。平安朝のひとびとが、よほど梨を好み、これを愛していた証拠に、
名前まで変えて、
「アリノミ」とよんだほどだった。
無シということばを忌んで、アリノミとしたのである。
物忌(ものいみ)がすきだった公家だけのことばかとおもっていたのだが、念のために『日葡(にっぽ)辞書』をみると、
Arino miとして「梨」とある。

『日葡辞書』は1603(慶長八)年の刊で、日本イエズス会の長崎学林で編まれたものである。
京都語も入っているが、九州方言も入っている。
要するに、アリノミは、言葉としてよほど範囲ひろくつかわれていたもののようである。

☞出典:『街道をゆく』27
因幡・伯耆のみち、檮原街道(朝日文庫)

 

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