司馬さん一日一語☞『径山寺味噌』


覚心は、味噌がすきで
あった。とくに
径山寺(きんざんじ)
で癡絶(ちぜつ)に
参学していたときに
食べた味噌の味が
わすれられなかった。

紀州の由良は入江である。また由良の北にも入江があって、湯浅という。覚心は湯浅に行ったとき、その地の水の良さが気に入り、径山でおぼえたつくりかたで味噌をつくった。炒った大豆と大麦のこうじに食塩を加えて桶に入れ、ナスや白瓜などをきざみこみ、密閉して熟成させる。
こんにち私どもが、「きんざんじみそ」とよんでいるなめ味噌の先祖だが、覚心の味噌醸造にはそれ以上に奇功があった。のちにいうところの醤油までできてしまった。
醤油以前の調味料としてはひしおなどがつかわれていたが、径山寺味噌の味噌桶の底にたまった液で物を煮ると、その美味はひしおのおよぶところではないことがわかった。湯浅のひとびとはその溜りをさらに改良し、建長六年(1254年)にはこんにちの醤油の原形ができた。

 ※覚心(かくしん)=鎌倉期の臨済禅僧侶

☞出典:『この国のかたち』六 (文藝春秋)

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