司馬さん一日一語☞『葦・葭』


周知のことだが、
葦も葭も、
一つの植物を
さす異称である。
葦が悪(あ)しに
通ずるために、
わざと
善(よ)しに
言いかえて
中世の農民たちは
排水のわるい湿地の
開墾をはじめた
のではないか。


葦(あし)・葭(よし)は、水辺にはえるイネ科の植物だから、
この植物が密生した土地こそ、

一条件さえ適えば水稲を植えるにふさわしい。
一条件とは排水である。

排水についての農業土木が発達するのは平安中期以後の関東平野においてであると私は思っているが
『仙覚抄』によるとアシをヨシに言いかえたのも関東においてで
あるという。

僧仙覚は鎌倉期の万葉学者で、関東の常陸の人であった。
岩波の『古語辞典』の「よし(葦・葭)」の項では
『仙覚抄』を引き
「伊勢国には葦を浜荻と云ふなり。摂津にはあしと云ひ、
東にはよしと云ふなりと云へり」とある。

ともかくもそれほどに言葉の縁起をかついだあたりに、
農民の懸命なねがいが籠められているといっていい。

☞︎出典:『街道をゆく』14
南伊予・西土佐の道(朝日文庫)

 

おすすめ記事

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で