司馬さん一日一語☞『胡桃』(くるみ)


日本には胡桃は
もともと無かった。

胡桃や葡萄には、ハイカラなイメージがある。
信州に高燥なヨーロッパの台上の田園を感じたりすることの要素のひとつに、胡桃もかぞえられるだろう。
民族には、潜在的な記憶の伝承というのがあるのかもしれない。
日本には胡桃はもともと無かった。中国には四世紀のころ西域からつたわったといわれる。

葡萄も同様である。
奈良朝末あるいは平安初期の遣唐船に乗って行った使節団の僧俗が唐の長安の都にこれがあるのを見て持ちかえった。
元来が西洋のものであり、唐へはイラン系の商人がシルクロードを経てもたらしたため、当時の中国の人士も胡桃と葡萄に異域のイメージを感じていた。
長安の貴族や大官の邸では、邸内に葡萄を植えることがはやっていたといわれる。
文献には出ていないが胡桃もあるいは植えていたのかもしれない。そういう長安人士の異国趣味が、
それに接した遣唐使節団の日本人に伝わり、いまなおわれわれ
の記憶の底に遠い照り映えがのこっているのかもしれない。

☞︎出展:『街道をゆく』9
信州佐久平みち、潟のみちほか(朝日文庫)

 

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