司馬さん一日一語☞『木地屋』（きじや）

2018年6月13日 / 司馬さん一日一語

木地屋は、
漂泊のひとびとだった。

木地屋とはいうまでもなく、ロクロをもってお盆やお椀などの挽物
を粗挽きする上代以来の山林の職業人のことである
（日本の誇るべき漆工芸品の基礎—形づくり—はかれらがうけもったのである）。
木地屋は漂泊のひとびとだった。
平安初期の文徳天皇の子惟喬親王をもって、血統の祖もしくは
職業上の祖としている。
かれらは、山々を歩き、気に入った木を自由に伐った。
とくに、ブナやケヤキ、トチのよさそうな木があると、
たれに断るもなく伐って、山小屋でロクロをひき、里のものと物々交換した。
ほしい木がなくなると、他の山へ移ってしまう。
この漂泊のことを、かれらの術語で、渡（わたり）といった。
木地屋たちは、木選びのために山の高さや斜面の方角に過敏だった
ろうということが容易に想像できる。ネゴロとは、かれらの地理用語だったと思うのである。
「ごろ」という日本語は“ちょうどよい程あい”という意味がある。
たとえば“メロンの食べごろ”とか“中日をすぎた芝居は見ごろである”とか“年ごろの娘さん”
といったぐあいのごろである。
中世の武士たちがよくつかったことばに
「矢ごろ」というのがあった。
“矢を射るのに命中しやすい距離”ということである。

☞出典：『街道をゆく』32
阿波街道、紀ノ川流域（朝日文庫）

木地屋は、 漂泊のひとびとだった。

おすすめ記事

司馬さん一日一語☞『愛』

司馬さん一日一語☞『アリノミ』

司馬さん一日一語☞『犬』

司馬さん一日一語☞『演説』

司馬さん一日一語☞『おきゃん』

司馬さん一日一語☞『お国』

司馬さん一日一語☞『戒名』

司馬さん一日一語☞『蕪』（かぶ）

司馬さん一日一語☞『胡桃』（くるみ）

司馬さん一日一語☞『好色という文化』

司馬さん一日一語☞『居士』（こじ）

司馬さん一日一語☞『コロボックル』

司馬さん一日一語☞『金平糖』

司馬さん一日一語☞『させて頂きます』

司馬さん一日一語☞『樒』（しきみ）

司馬さん一日一語☞『しづ』

司馬さん一日一語☞『遮光器土偶』

司馬さん一日一語☞『数寄』（すうき）

司馬さん一日一語☞『杉』（すぎ）

司馬さん一日一語☞『正義』

司馬さん一日一語☞『製紙』（せいし）

司馬さん一日一語☞『大儀』（たいぎ）

司馬さん一日一語☞『大納言』（だいなごん）

司馬さん一日一語☞『ダテ』

司馬さん一日一語☞『丹前』（たんぜん）

司馬さん一日一語☞『蝶』

司馬さん一日一語☞『九十九髪』

司馬さん一日一語☞『です』

司馬さん一日一語☞『出戻り』（でもどり）

司馬さん一日一語☞『陶芸』

司馬さん一日一語☞『豆腐』（とうふ）

司馬さん一日一語☞『どこの馬の骨』

司馬さん一日一語☞『名乗』（なのり）

司馬さん一日一語☞『ニシン』

司馬さん一日一語☞『日本人』

司馬さん一日一語☞『合歓の花』

司馬さん一日一語☞『土師器』（はじき）

司馬さん一日一語☞『芭蕉』（ばしょう）

司馬さん一日一語☞『畠』（はたけ）

司馬さん一日一語☞『花のような』

司馬さん一日一語☞『ハマナス』

司馬さん一日一語☞『万里の長城』

司馬さん一日一語☞『標準語』

司馬さん一日一語☞『備長炭』

司馬さん一日一語☞『葡萄』（ぶどう）

司馬さん一日一語☞『べに』

司馬さん一日一語☞『桃』（もも）

司馬さん一日一語☞『物の怪』（もののけ）

司馬さん一日一語☞『木綿』（もめん）

司馬さん一日一語☞『主水』（もんど）

司馬さん一日一語☞『山伏』（やまぶし）

関連記事＆広告

木地屋は、
漂泊のひとびとだった。