司馬さん一日一語☞『厚司』


「厚司」という
日本の衣類がある。
明治ごろから職人や
漁師の労働着として
つかわれた
一種の羽織で、
錦糸で丈夫に織られて
おり、紺もしくは
白黒の大名縞のものが
多い。

歌舞伎では「義経千本桜」で
渡海屋銀平が厚司(あつし)をゆったり
羽織って登場する。

この場合の厚司は
そで口やすそなどにアイヌ文様が
つけられている。

むろん義経の時代に厚司があったわけではない。
芝居だけの衣装である。

むろん、明治の厚司が、アイヌの日常着・晴れ着から出たことは
いうまでもない。

アイヌ語で、アットゥシ(attus)というものである。
それが厚司になったのは、
イヌイトのアノラックが世界語になった事情とそっくりである。

それにしても、アイヌがたかだかアットゥシぐらいで北海道の寒気をしのいでいたのは、おどろくほかない。
しかもその繊維は、樹皮からとったものであった。
樹皮を剥ぎとり、水につけ、また日に曝し、やがて裂いて繊維をとりだして撚りをかけ、糸にした。
樹皮をとる木は、オヒョウ(ニレ科)で保湿力は高くない。

☞︎︎︎︎︎出典:『街道をゆく』38
オホーツク街道(朝日文庫)

 

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