司馬さん一日一語☞『傾く』(かぶく)


「傾く」(かぶく)
ということばが
室町末期戦国のころ
に流行した。


伊達と似たような内容のことばで、傾斜した精神、服装というような意味をもつ。

歌舞伎ということばが動詞になったのであろう。
かぶきは、もともとあの演劇をさしているのではなく、ためしに、
「歌舞伎者」ということばを「広辞苑」でひくと、

「異様な風態をするもの。遊侠者。はでな伊達者。悪徒。かたぎ
でない暴れ者」というのがはじめの意味で、
転じて歌舞伎役者という意味になっている。
要するにかぶくとは—-やくざめいたぐあいになる。
という意味である。


前田利家は少壮のころから律義者でとおっていたし、
晩年にはいかにも質実ということばを絵にかいたような人物になったが、
かれの直話をあつめたという
「亜相公御夜話」によると若いころは「異風好みのかぶき者であった」という。
派手な服装を好み、それがやくざっぽかったというから、晩年のかれからは、家来たちも想像しがたかったにちがいない。
利家は晩年になっても、若者に対する好みは—-ちょっと異風で元気のいい若者がいい。ということであったらしい。
生意気でやくざっぽい感じの男にこそ、戦場での勇気とかあるいは
駈けひきの独創性が宿っているということかもしれない。

しかし、人間の価値判断は服装ではない。
こんにちのやくざっぽい服装を利家のことばは意味しているのでは
ないだろう。
ああいう服装は多分に風俗化された一つの型で、その型に入りこむだけの若者に、勇気も独創もあるはずがない。
戦国期の「かぶいたる者」の服装には、流行の型がなかった。
みな、自分自分の創意による意匠だったようにおもえるし、
利家も、そういう意匠を生みだす精神の傾斜というもののなかに、
存外勇気や創意のある才能がひそんでいるという意味のことをいったようである。

☞出典:『余話として』(文藝春秋)

 

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