司馬さん一日一語☞『九十九髪』


久秀の献上した
「つくもがみ」
というのは
茶入れの名である

信長公記の十月二日の条に、「松永弾正は我朝無双のつくもがみ進上申され」とあり、
甫庵太閤記には「天下無双の吉光の脇差を捧げ奉る」とあり、総見記では両方とも献上したことになっている。
久秀としては存亡のわかれ目だ、大いに奮発して献上したろう。
久秀の献上した「つくもがみ」というのは茶入れの名であるが、その命名の由来は少しややこしい。
先ず「つくもがみ」の字義から説明しなければならない。
これは「九十九髪」という漢字をあて、本来は老女の白髪のことである。
「百年に一年足らぬつくも髪、われを恋ふらしおもかげに見ゆ」と伊勢物語にある。
なぜ「九十九」という文字をあてるかというと、本当は「つくも」は「つつも」というべきをあやまったのだという。
「つつも」はものの満ち足らぬことを言うのだそうで、百に一つ満たぬというところから「九十九」という文字をあてるのだと言う。

ところで「白」の字は「百」の字から一劃を減じたものであるから、九十九髪と書けば白髪の意になるという次第。
持ってまわった上に、間違いまでおかして定着した文字の由来で、ややこしいことこの上もないが、おもしろいから書いてみた。
ここで命名の由来に入るが、それはかんたんだ。
この茶入れは九十九石の米にかえて手に入れたから、こう名づけたのだという。
「九十九髪」は足利三代将軍義満が所持したものといわれ、その後、足利義政の手に落ちた。
さらに、転じて山名政豊のもとにゆき、三好宗三も持っていたことがあり、宗三をへて松永久秀のものになった。
いわば、権勢の象徴のようなものであった。

☞出典:『以下、無用のことながら』(文藝春秋)

 

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