司馬さん一日一語☞『まほろば』


“まほろば”が
古語であることは、
いうまでもない。

日本に稲作農業がほぼひろがったかと思われる古代—五、六世紀ころだろうか—大和(奈良県)を故郷にしていた人—伝説の日本武尊—が異郷にあって望郷の思いをこめて、大和のことをそう呼んだ。
語頭のまにいとおしみが籠められている。
ほは秀(ほ)か。
穀類の穂のようにツンと高く秀でているさま。
だから高燥の地のことだ。
という解釈もある。

しかし高燥だと、水田の適地である条件に適いにくい。
私は、まほろばとはまろやかな盆地で、まわりが山波にかこまれ、物成りがよく気持のいい野、として理解したい。
むろん、そこに沢山(さわ)に人が住み、穀物がゆたかに稔っていなければならないが。
伝説の英雄(日本武尊)が、死に臨んでうたうのである。
伝説のなかのこの人は、大和朝廷の命によって東奔西走した。
病を得、いまの三重県あたりにきて臥せる。
ついに故郷に入ることなく、故郷を恋うあまり、そのくにを“まほろば”とよびかけ、“倭しうるはし”と結ぶ。
死の前の漂泊者の心のたかぶりと優しさがこめられている。

☞出典:『街道をゆく』41
北のまほろば(朝日文庫)

 

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