司馬さん一日一語☞『江戸弁』


江戸弁というのは
母音がみじかく、
子音を強く発する。


“耳を掻っぽじって聞きやがれ”などという。

“めしを掻っ食う(くらう)”といえば、
大刺青の男が真夏にもろはだぬぎでめしを食っている情景までうかぶ。
スリが財布を“掻っさらう”といえばあざやかだし、
体がだるいといえばいいのに、“掻ったるい”といえば、小気味いい。
いまはふつうの日本語のなかに入って、
大阪の球団の応援団の囃子言葉なども“掻っ飛ばせ”などというが、
こういう言い方は、
もとは江戸の職人や人夫のあいだで多用されたのである。
ともかくも、浚え(さらえ)のしごとは、全身、泥だらけでやるから、うかうかすると風邪をひく。
威勢よく掛け声をかけることが必要で、その掛け声も、
「さあ掘れ、さあ掘れ」ではなまぬるい。

やはり、「掻っぽれ、掻っぽれ」といかねばならない。
江戸の水道は四通八逹して士民のいのちの水だから、
その浚渫(しゅんせつ)は、
幕府がおわるまでたえずおこなわれた。

そのつど、土工たちは、カッポレ、カッポレ、甘茶でカッポレ 
といったであろう。

☞出典:『街道をゆく』33
白河・会津のみち、赤坂散歩(朝日文庫)

 

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