司馬さん一日一語☞『鵜飼』

鵜飼というのは
まことに
奇妙な漁法だが、
『日本書紀』にも
『古事記』にも
出ているから、
よほど古い漁法
なのであろう。


だれが発明したものでもなさそうで、中国のとくに江南の地には、

杜甫の詩に詠まれた昔からごく一般的に存在している。
ただ中国の鵜飼は、真っ昼間にやる。
日本の鵜飼も、あるいはかっては真っ昼間もやっていたかもしれない。
しかし『万葉集』には、大伴家持が
鵜飼伴へ篝をともし、
水にひたりながらゆくと
妻が染めてくれた紅の衣のすそも
濡れそぼってしまった、
という歌がある。

篝が出てくるから夜の漁であろう。
歌によれば舟は用いず川ぶちから鵜をあやつったものらしい。
昔はどの川の鵜匠もそうだったと思われるが、鮎を献上するために領主から特別に身分上の保護をうけていた。
そのために長良川の鵜匠たちもそうだが、川の武士だといったふうに、
ひどく気位が高く
こんにちなおそんな気配がある。

鵜が年功順にならぶというのは本能であるとしても、
物知らずの新入りがその序列をみだした場合に、どの鵜も大さわぎしてその物知らずを蹴出してしまい、最下方にならばせるというのは、鵜に礼教の意識があるとしか思えない。
日本の古いことわざに鵜にちなむことが多いということは、
鵜が人間のくらしにひどく密着していたことをあらわすのではないか。
鵜の目鷹の目とか、鵜の真似をするカラスとか、鵜の丸呑みとか、
鵜の鳥の尻抜けとか、鵜呑みというように、
鵜飼という作業が暮らしの中に常在していなければ、このように多くのことわざになって定着しないと思うのだが、どうであろう。

☞『街道をゆく』8
熊野・古座街道、種子島のみちほか(朝日文庫)

 

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