司馬さん一日一語☞『隆逹節』

戦国期に
隆逹節が
一世を風靡し、
その後の
日本の節や唄の
源流をなした

戦国期に、上方でこういう唄がはやった。
「面白の 春雨や 花の散らぬほどに降れ」
堺の富商の子だったという隆逹の作である。
隆逹は1527年の生まれだから、たとえば信長より七つ年上であり、この時代の大らかな心を遊び好きな民衆の側からうたいあげて行った人物で、作詞だけでなく作曲もした。
隆逹節が一世を風靡し、その後の日本の節や唄の源流をなしたという点で茶道の千利休と匹敵しうる人物といえるかもしれない。
隆逹が工夫した節がどういうものであるのかは今は知るすべもないが、歌詞は多く残っている。
上の歌詞など、戦乱の世における庶民のふてぶてしいほどの落ちつきぶりと、人の世の機微をうがちつつ、さあらぬ体で雨と花という自然観照をひろびろとした心象にして詠みあげている。
こういう歌詞のものもある。
「花が見たくば 吉野へおりゃれの 吉野の花は 今が盛りじゃ」
この歌詞はどう哲学的に深読みをしてもなにごとが出て来るわけでもないが、しかしそれだけにいかにも安土桃山らしい豪宕(ごうとう)さがあるようでもある。

☞出典:『街道をゆく』4
堺・紀州街道(朝日新聞社)

 

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