司馬さん一日一語☞『桃』(もも)

桃の実も桃の木も、
中国の古代信仰
—道教—のなかで、
魔よけの呪力のある
ものとされている。

この桃の実の呪術性については日本の古代にも影響されていて、『古事記』『日本書紀』の神話にまでその痕跡がある。
記紀に死んで黄泉国に入った女神の伊邪那美命を現世にいる男神の伊邪那岐命が訪ねてゆく話がある。
死の国にいる女神は「わが姿をみるな」といったのに、男神は禁を犯して見てしまう。
怒った女神は配下の者たちに男神を追わせる。
男神は逃げつつ現世への出入口まできたとき、そこにあった桃の実三つをとって追いすがる悪霊どもに投げつけるとみな退散した。
桃に摩よけの呪術力があるというのは本来、中国の古代思想である。
記紀神話での上の一件は、戦前から指摘されてきた。

中国にあっては、漢代にすでに「桃印」(とういん)というまじないがあって、漢の時代、家々では夏至の日に門戸に貼って悪気をふせぐならわしがあった。
桃の木を削った板に所定の文字を書くのである。
しかし屋根に、桃の実型の瓦を置くなどというのは、本物の中国にもなさそうで、日本の、それも上代の東大寺僧が考えた応用かもしれない。

☞出典:『街道をゆく』24
奈良散歩(朝日新聞社)

 

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