司馬さん一日一語☞『木綿』(もめん)

モメン(木綿)
という
この植物繊維の
王者とも
いうべきものが、
日本に古来あった
わけではない。

戦国期から、きちょうなものとしてほんの少数の武将たちに用いられはじめたのである。
説明的には、平安初期に三河の海岸に漂流してきた崑崙人(こんろん/インド人?)がこの熱帯植物の種子をもっていたというが、栽培法に通じなかったせいか、ひろまらなかった。
鎌倉期においては対宋貿易を通じてごく少量の輸入品にすぎずしたがって庶民の手にわたっていない。
室町期の十五世紀には、朝鮮から輸入された。
朝鮮は中国の陸つづきであるためにインドから中国を経たこの植物の種子と栽培法が早い時期に入っていたのである。
それでもなおこの輸入モメンは奢侈品で高級な具足製作などの軍需用につかわれるにすぎなかった。
国産化は戦国期にはじまるといっていいが、民需化できるほどの量ではなかった。
棉作が大いにさかんになるのは江戸期以後のことで、この盛行が、十七世紀以後の生活史、経済史さらには政治史にまで影響したことはおどろくばかりである。
棉はすさまじいほどの肥料を投入せねばならない。
肥料はすべて「金肥」であった。
はじめは干し鰯が投入されたが、それでも追っつかず、鰊が用いられるようになった。鰊はすべて蝦夷地から運ばれてくる。
それまで蝦夷地の漁業は主として食料資源として認識されていたものであったが、棉作の盛行以来、認識も実体も一変してしまった。
鰊をとることが、日本中の老若男女にモメンを着せるという因果関係になって行ったにである。
上代以来、冬でも麻を着ていた庶民は、かっては絹以上に珍重されたこの繊維をごく安価にもとめて寒中のしのぎとした。

☞出典:『街道をゆく』15
北海道の諸道(朝日文庫)

 

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