司馬さん一日一語☞『和風』(わふう)

和風とは
なんだろうと
考えてみた。

土堤の下に宿の屋根瓦がみえた。
瓦が銀ねずみ色で、屋根の勾配が浅く、軽みのなかに、品のよさがある。
日本建築というよりも、語感としては和風建築である。
和風グリルなどという言葉が、品質の高いものを暗喩する語感で、昭和四十年ごろからはやりはじめた。
和は、いうまでもなく倭である。
「夫レ楽浪中ニ倭人有リ、分レテ百余国ヲ為ス」(「漢書」)という倭は、古代からごく最近まで中国・朝鮮のひとびとが、ときに蔑意をこめて日本をさすときにつかう呼称であった。倭という文字は、雅とはいえない。
当の倭国はこれをきらい、やがて国号を日本とし、倭についても律令時代初期から和の字を当てるようになる。
和という古代的な呼称はその後も生きた。
問題が国家レベルのときは日本を用い、風俗・文芸その他一般の場合は和を用いた。
漢詩に対するヤマトウタを和歌といい、漢字に対する日本の学問を和学などといった。
和とつく場合、本物に対して卑(ひく)く鄙びいている、という語感が、つねにということではなくとも、ときにはつきまとったのではないか。
大正期や昭和初期に、舶来品に対し、和製ということばがはやった。和製の機械はよくなく、和製チャップリンといえばチャップリンのまがいものであるという感じであった。

和風というのは、洋風の反対語としてうまれたかと思うが、かっての和製という言葉の語感とはまったくちがい、むしろ良質、上等、値段のたかいもの、それなりに瀟洒なものである、といった語感をもっている。
和風建築としてのこの宿の外観は、堅牢さを押しかくし、できるだけ軽みと粋を出そうとしている点、まことによく出来ている。
こういう和風建築は、後世、昭和四十年前後以後の一つの時代的な建築様式として位置づけるにちがいない。

☞出典:『街道をゆく』21
神戸・横浜散歩、芸備の道(朝日文庫)

 

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