司馬さん一日一語☞『しづ』

「しづ」という
古代の織物は、
平安時代ぐらいまで
存在したろう。

私どもの先祖はそういうものを着ていて、寒さをしのいだのである。
梶の木という木の繊維と麻の繊維で、スジや格子模様を織りだす織物をいう。
織り模様を出すという手のこんだ技術が要るため、下等ともいえない。

古代は、濁音がない。だから、「しつ」といった。
平安期になると濁音が出てきて「しづ」という。
漢字としては、日本を意味する倭をあてる。
倭(しづ)だけで織物をさすが、これに文を加えて「倭文」(しとり)ということもある。
文は模様の意味。あるいは織りの意味である。
シツのオリ→シトリ。

「漢織(あやはとり)・呉織(くれはとり)」という古代の織布グループがあった。
漢も呉も外国だから、在来からあった倭文については“これは日本式の織り方”ということで、倭という漢字を当てたのであろう。

倭文という模様織は、あらっぽい織りながら、機とよばれる木製機械が用いられる点、その技術風景はきらびやかなものであったにちがいない。

織るために麻糸があらかじめ玉のように巻かれていた。
この玉のことを「しづの苧環(おだまき)」といった。
機をうごかしてゆくと、この苧環から繰りかえし糸が出てくる。
このため、平安期には、「しづの苧環」はくりかえすという動詞を飾ることばになった。
「しづのをだまき」については、鎌倉期、義経の恋人だった白拍子の静御前の即興の歌で有名である。

しづやしづ賤のおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな

じつに巧緻なことばと意味のかさねかたではあるまいか。
「しづやしづ」と、すでに存在せぬ過ぎた時間の中から、自分を呼び出している。
同時に倭の機織りにかけて、つぎの「賤(しづ)のをだまき」ということばをひき出すのである。
この場合の賤は、賤しき働きの女、民衆と考えていい。
これでしづは、彼女自身の名と、織物の倭と、そして機織女である賤との三つをかさねたのである。

三つのうち、賤のみが、動作をしている。
つながって機がうごいている。
音も繰りかえされている。
おだまきも、くるくると糸を吐きだしている。

「おだまきが繰りかえすように、昔を今に立ちかえらせるということができればいいな」という嘆きのことばが最後にくる。

☞︎出典:『街道をゆく』27
因幡・伯耆のみち、檮原街道(朝日文庫)

 

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