司馬さん一日一語☞『おとうさん』

おとうさん・
おかあさん
の成立と普及は、
明治維新で成立した
はずの一階級主義の
定着に大きく
役立ったかと思われる。


文部省という機関・機能を設けることを考えたのは、
明治初期政権の大きな発明だったといっていい。
たとえば、「おとうさん・おかあさん」という言葉まで“発明”せざるをえなかったのである。
たいていの国においてこの言葉ばかりはむかしからあらゆる階層を通じ、ただ一種類の言葉として共有されてきた。
ところが日本語の場合、武士階級では父上・母上などといい、
浄瑠璃では父様(ととさま)・母様(かかさま)であり、
江戸の職人はおとっあん・おっかさんという。
また京都の公家家庭では御父様(おもうさま)・御母様(おたあさま)であった。
このいわば、言語の一大混雑場を、おとうさん・おかあさんという、ごく一部でつかわれていた言葉を“規準”として示したのは文部省で、教科書を通じて普及させた。
もしこのことがなければ、こんにち私どもはよほど不自由だったにちがいない。
ついでながら「おかあさん」という言葉は、江戸および京・大坂の中流以上の商家あたりでつかわれていたらしい。(雑俳『柳多留』四七)
すくなくとも「おとうさん・おかあさん」の成立と普及は、
明治維新で成立したはずの一階級主義の定着に大きく役立ったかと思われる。

☞出典:︎『十六の話』(中央公論社)

 

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