司馬さん一日一語☞『おけら詣り』

おけら、
白朮(びゃくじゅつ)
とかく。
キク科の薬草である。


祇園の八坂神社で禰宜さんが潔斎し、
衣冠束帯して木の道具でもって火をおこし、その浄火を、境内に積みあげられたおけらに移し、大きくたきびをたく。
その火を、京のひとびとはもらいにゆくのである。
もらって、その浄火をかまどにうつし(いまはガスに移し)、
元旦の雑煮を煮て一年のはじまりを祝うのだが、貰うのは、火縄でもらう。
それを貰うために夜ふけから出かけてゆき、貰うと消えぬよう、
火縄をくるくるまわしながら帰ってゆく。

その人出が何十万も出て、四条通りなどは身動きもとれぬようになるという。
くるくるとまわしてゆく火縄が、下河原あたりの闇ににじんで、
なんともあえかであるということをきいていた。

なるほど、話のとおりであった。
それよりも、
京のひとびとが自分の町の年中行事に
これほど細心で夢中なことに、
あらためておどろかされた。

祇園祭のように、
半分他国者にみせてやるつもりでやっているのではなく、
中世以来のこの行事を、自分だけのものとして懸命に行じている
うつくしさがそこにあり、
それが風趣になって闇のなかに溶けている。
この闇も、千年前の闇かとおもいあやぶむほどの
感興におちいらされてしまう。

☞出典:『司馬遼太郎が考えたこと』3 (新潮文庫)

 

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