司馬さん一日一語☞『阿修羅』

阿修羅は
もとは古代ペルシアの
神だったといわれるが、
インドに入り、
時がたつにつれて
次第に悪神(非天)に
なった。


しかしながら
興福寺の阿修羅(あしゅら)にはむしろ愛がたたえられている。

少女とも少年ともみえる清らかな顏に、無垢の困惑とも云うべき神秘的な表情がうかべられている。

旧興福寺の食道(じきどう)跡に、収蔵庫ができている。
阿修羅は、相変らず蠱惑的だった。顏も体も贅肉がなく、性が未分であるための心もとなさが腰から下のはかなさにただよっている。眉のひそめかたは、自我にくるしみつつも、聖なるものを感じてしまった心のとまどいをあらわしている。
すでにかれ—あるいは彼女—は合掌しているのである。

といって、目は求心的ではなく、ひどくこまってしまっている。
元来大きな目が、ひそめた眉のために、上瞼が可愛くゆがんで、
むしろ小さく見える。

凛とした顏でないと、この未分の聖はあらわせない。
阿修羅は、正面のほか、他に二つの顏をもっている。

いずれも思いを決した少女の顏である。

☞︎︎︎出典:『街道をゆく』24
奈良散歩(朝日新聞社)

 

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