司馬さん一日一語☞『遠州』

遠州というのは、
通り名である。


慶長十三(1608)年、従五位下遠江守に叙せられ、

生涯その官位にあったから、在世中も後世もその称号でよばれる。
「遠州行燈」円筒形の塗りのあんどんである。
伊賀焼のなかで、肉薄でやや白っぽい茶器があるが、
それを「遠州伊賀」という。
遠州(えんしゅう)がその好みで焼かせたことから、そのようによばれる。
灯籠にも「遠州燈籠」があり、
さらには裂(きれ)にもある。

遠州が好んでつかった「遠州緞子」である。
また茶道に「遠州流」があり、
花道にも「遠州流正風」などがある。それやこれやを見てゆくと、
遠州は利休以後の茶道の完成者でありつづけ、
利休とちがって、いわゆる「綺麗さび」を創りだした人である。
ほかに、遠州には書があり、和歌があり、またいうまでもないが、
本業ともいうべきものとして建築と作庭がある。
とくに建築においては、
もっとも日本的な数寄屋普請の完成者である。

作庭となると、遠州を無視して日本庭園史を論じられない。
室町から織豊期にかけて華やかに展開した日本の庭園芸術は、
遠州においてひきしめられた。
ときに野放図な自然模倣になりがちな作庭が“綺麗”という
造型意識で統御されるようになったのである。

かれは、茶を古田織部(織部正)にまなんだ。
入門した翌年の十八のとき、
茶室の排水のための水門を工学的に改良して、
織部が感心したという。
受容能力だけでなく、
独創の能力も
早くからみられたということになる。
遠州の才能は、年とともに
大きくなり、
とくに建築と造園のために、後半生は
身を休めるいとまもなかった。

☞出典:『街道をゆく』34
大徳寺散歩、中津・宇佐の道(朝日文庫)

 

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