司馬さん一日一語☞『花のような』

花のような、
という
ことばがある。
人間の美しさを
表現した
日本語としては、
これほどみごとな
ことばはないだろう。

森蘭丸は、少年のころから織田信長にその才を愛され、側近に侍しながら、美濃岩村五万石をあたえられていた。
ところが天正十年六月、京にいた織田信長はその宿舎本能寺を明智光秀に襲われて落命した。
蘭丸もまた槍をとって奮戦して戦死した。
このとき十八歳であった。
この死を、頼山陽はその詩で「花一輪」というみじかいことばで表現しているが、まさに花一輪であったろう。
人物が歴史時代に置かれて遠くから詩的に観察されるばあい、その姿は、ときに花のようにもみえるものだが、現代小説のなかではいかなるばあいでも、十八歳の少年を「花のように」とは表現できない。

☞︎出典:『歴史のなかの邂逅』4(中央公論新社)


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