司馬さん一日一語☞『能力主義』

明治は、
日本人のなかに
能力主義が復活した
時代であった。

能力主義という、この狩猟民族だけに必要な価値判定の基準は、日本人の遠祖が騎馬民族であったかどうかはべつにせよ、農耕主体のながい伝統のなかで眠らされてきた。
途中、戦国の百年というのが、この遺伝体質をめざめさせた。
そのなかでも極端に能力主義をとったのが織田軍団であり、その点の感覚のにぶい国々を征服した。
能力主義の挫折は織田信長自身が自分の最期をもって証明したが、しかしかれがやった事業は、秀吉や光秀たちの能力伝説によって江戸期も語りつがれた。
江戸期は、能力主義を大勢としては否定した時代で、否定することによって封建制というものは保たれ、日本人たちはふたたび農耕型の精神と生活にもどった。
それが三百年近くつづき、明治になる。
明治には非能力主義的な藩閥というものはあったが、しかし藩閥は能力主義的判定のもとにうまく人を使った。
明治日本というこの小さな国家は、能力主義でなければ衰滅するという危機感でささえられていた。

☞出典:『坂の上の雲』三
あとがき (文春文庫)

 

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