司馬さん一日一語☞『朝夕人』

将軍が
「朝夕人」とよぶ。
小便をしたい、
という意味である。

江戸幕府は殿中の制度を立てるにあたって室町幕府を参考にしたが、公人(公儀の下人)という名称も存在も継承しなかった。
「朝夕人」(ちょうじゃくにん)という職名だけは継承した。
八万騎と誇称される徳川の旗本のなかで、朝夕人という世襲職をもつ家は土田氏一軒しかない。
代々の職務は、将軍の溲瓶(しゆびん)を持って背後からつき従うだけである。
他に、なにもしない。
将軍が「朝夕人」とよぶ。小便をしたい、という意味である。

朝夕人土田氏は駆けよって平伏し、筒状のシビンを頭上にさしあげる。将軍はそこへ放尿する。
かりにシビンといったが、将軍の殿中ではそうはいわず、御装束筒(おしょうぞくづつ)とよんでいたらしい。
銅製であったとも、竹製であったともいわれる。
用の大きいほうの場合、朝夕人はどういう道具でどう受けたのかは、いまとなれば窺うすべもない。

☞出典:『街道をゆく』16
叡山の諸道(朝日文庫)

 

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