司馬さん一日一語☞『春慶塗』

春慶というのは、
人の名らしい。

一説では十四、五世紀ごろ、堺に住んでいた漆工で、この塗りはこの人の工夫にかかるといわれている。
漆といっても、ぼってりと塗りかさねられた上手(じょうて)なものではない。
木目などの生地のおもしろさを生かしている簡素なものである。
春慶塗(しゅんけいぬり)については、蘇芳(すおう)という赤の染料からのべねばならない。
蘇芳は、木である。

その心材をこまかくくだいて煮だすと湯が赤い染液になる。
日本では飛鳥時代から赤の染料として用いられてきた。
春慶塗(とくに紅春慶塗)はこの蘇芳赤を用いる。
まずこれで木地を染め、そのあと透明な漆をぬって仕上げる。

この塗りははじめは、たいした評価がされていなかったらしい。

これを美的に発見し、大いに世にひろめたのは、江戸初期、飛騨高山の大名の長子で、茶人として大きな名声をもっていた金森宗和だった。
武将の家にうまれながら宗和の好みは女性的で、やさしかった。
茶道の方で「宗和棚」とか「宗和食椀などという型があるが、いずれもそういう好みである。
上品でもあり、優美でもある。
そういうところから、宗和の好みのことを、茶道のほうでは、「姫宗和」などというそうである。
宗和が、婉を感じさせる春慶塗を好んだのも、うなずけるような気がする。

☞出典:『街道をゆく』29
秋田散歩、飛騨紀行(朝日文庫)

 

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