司馬さん一日一語☞『官』(かん)

日本の統治機構は、
政府というべきなのか、
それとも「官」といった
ほうが語感として本質に
近いものなのか、

敗戦後、戦後社会がやってきたとき、ひどく明るい世界に出たよう
な気がし、敗戦を、結果として革命と同質のものとして理解する
気分にとりつかれた。

いまでもその気持ちは変わらないが、よく考えてみると、
敗戦でつぶされたのは陸海軍の諸機構と内務省だけであった。

内務省官吏は官にのこり、他の省はことごとく残された。
機構の思想も、官僚としての意識も、当然ながら残った。
太政官からすこしも変わっていません、というのは、
おどろくに値しないほど平凡な事実なのである。

官とは明治の用語で、太政官のことである。日本語ではない。
遠い七世紀に、日本の農地をすべて天皇領にし、すべての耕作者を
オオミタカラ(公民・天皇のヤッコ等という意)にしたとき、

それらを統治するための中央集権の機構を中国式にし、それを
官という中国語でよんだ。

その後武家政治という現実主義的土地所有制の出発で
「官」は有名無実になり、明治維新とともににわかに復活した。

極端な開化政策をとるためには、
極端な復古主義に重心を求めざる
をえなかった当時の政治力学の所産といっていい。

要するに維新早々の「官」というのはかって幕府のことを
「大公儀」と尊称したものと
概念、思想、語感がほとんど変わらず、官員の権威は、
大官が旧大名で、中以下は旗本であった。

明治四年、薩長土の「御親兵」の武威によって廃藩置県が成功する
と「官」は日本史上最強の絶対権力になった。

 

☞出典:『古往今来』(中公文庫)

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