司馬さん一日一語☞『婚礼』

伝統的な
日本の婚礼では、
神が存在しない。
両人が交わす
「盃」というものが
唯一絶対の
固めのしるしであり、
他はすべて
枝葉のことである。

日本の諸礼式は、公家はべつとして、室町期の武家礼式からはじまっている。
成立当時、武家礼式をつかさどる家が今川、伊勢、小笠原の三家あったが、小笠原流のみながくのこり、くだって江戸期に庶民の風儀の基調にまでなった。
ただし江戸期は時代がくだるにつれて縟礼をできるだけ簡素にするようになり、山内六郎の婚儀(文久元年1861)の場合にいたっては、媒人さえ立てず、また席上、盃事をさせる待上臈の役は、姉がつとめた。小気味いいほどの簡素さである。

伝統的な日本の婚礼では、神が存在しない。
両人が交わす「盃」というものが唯一絶対の固めのしるしであり、他はすべて枝葉のことである。
「神前結婚」などということも、神社がキリスト教にまねて流行させたもので、神主がいわば牧師として(?)式場に出現する。
そのはじまりは明治三十年代のことで、
東京の日比谷大神宮(現・東京大神宮)が最初だったという。

たちまち流行し、しかも古色を帯びてしまって、
いまでは大むかしからの習慣であるかのような錯覚が世間にある。

☞出典:『歴史のなかの邂逅』2(中央公論新社)

 

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