司馬さん一日一語☞『口』(くち)

「口」
という日本語は
人体器官をさす
基本語だが、
それから派生して
大変便利よく
いろんな場合に
つかわれる。

念のために『広辞苑』をひいてみると、十八個も語義が出ていた。
しかしその十八個のなかに中世以来ふんだんに使われた兵要地誌の術語としての口は出ていなかった。

「京に七口あり」
という。
白河口とか鞍馬口とか、あるいは丹波口、鳥羽口、粟田口といった用い方で、京都ではいまでも地名としてつかわれている。
平安京は防御しにくい山城盆地におかれたが、それでも七口をふさげばなんとか侵入軍をふせげた。

兵要地誌もしくは交通地理的な術語としての口というのは、
日本がほんの百年前までそれぞれ地域社会ごとに領主を推戴し、
天嶮をもってその政治地理的居住区をまもり、その「口」よりも
むこうを外国としてきた伝統の名残りなのである。
いまは『広辞苑』からもこの語義が消滅してしまったが、
しかし「口」に累積されてきた政治と文化の怨念のような歴史の重量は決して軽くはない。

☞出典:︎『街道をゆく』3
陸奥のみち・肥薩のみちほか(朝日文庫)

 

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