司馬さん一日一語☞『判官びいき』

江戸期の庶民が、
判官びいきという
ことばをつかった
ときの判官は、
いうまでもなく
義経のことである。

しかし忠臣蔵の塩冶判官にもどこか通じさせてこの熟句をつかっていたのであろう。
兄の頼朝にいじめられたり、梶原にざんげんされたりして没落してゆく九郎判官義経と、高師直にいじめられる忠臣蔵の判官は、まったくその印象が似ている。
江戸時代の庶民は、
この型の二枚目的性格をもっとも愛した。

そういう政治感覚の欠如からくるもろさを、美しさとみた。
清らかさをも感じた。
江戸期の日本人だけでなく、シェクスピア劇でハムレットが愛されつづけてきたのも、そういうことに通じたものかもしれない。
ただ、ハムレットには、由良之助が出てこないのである。
忠臣蔵の骨格としてのおもしろさは、判官(ほうがん)のもろさに由良之助のたのもしさが対置されていることである。
俗に表現される、「遅かりし由良之助」
という切腹の場の判官のうめきが、由良之助のたのもしさをいよいよ加重し、観客の心に舞台の将来への安堵感をいだかせる一方、いよいよ判官のもろさを美として強調しこの場の絶叫を千古の名言のごとく庶民に記憶させてゆく。
みごとな作劇である。
そこへ桜が散りかかるなど、現代の劇作家なら照れてやらないであろうが、照れずにいやがうえにも美しくしてしまう。

☞出典:『司馬遼太郎が考えたこと』3 (新潮文庫)

 

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