司馬さん一日一語☞『ニシン』

『北海道漁業志稿』
(北水協会編纂)
という古い本では
ニシンはヌーシィ
という
アイヌ語からきた、
とある。
もともと和名では
カドといったらしい。

手もとの『広辞苑』のカドの項をひらいてみると(東北地方で)ニシンのこと。
と、短く出ている。(東北地方で)とあるのは、やや説明不足かもしれない。
江戸期の流通に乗って上方へ殺到したこの魚は、最初からアイヌ語のニシンとして登場した。
カドという言葉はまったく定着しなかった。
あるいは知っている人がいたとしても、同じ魚でも泳いでいるときはカドで、金肥として商品化されたそれはニシンだったにちがいない。

文字としての鰊も鯡も、漢字にある。

しかし本場中国でどんな魚を指していたのかわからない。
その意味では鰯と同様、国字であるともいえる。
鰯は獲れるとすぐ死ぬからそのように作字されたという。
『大辞典』の説では、東でとれる魚だからとあるが、鰊のつくりは柬であって東ではなさそうである。

鯡は、漢字では魚の子という意味がある。
とあるとニシンの子がカズノコだから鯡という漢字をあてたのかと思ったりするが、これは深読みにすぎまい。
本来、国字をつくったつもりが、偶然、漢字にあったということではないか。
松前藩の俗説では、
「他藩はコメをもって立っている。わが藩は鯡をもって立っている。鯡はいわばコメであって魚に非ず」ということになっている。
ついでながら、カズノコは数の子と書くのがふつうだが、本来、カドノコであることは『広辞苑』のカズノコの項によって知った。
ニシンの和名カドというのは、わずかにカズノコという言葉の中で余命を保っているのがおもしろい。

☞出典:『街道をゆく』15
北海道の諸道(朝日文庫)

 

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